「長期優良住宅先導事業の意義と今後の取り組みへの期待」
  長期優良住宅先導事業評価委員長・京都大学名誉教授 巽 和夫 氏

 平成20年度から4年間続いてきた長期優良住宅先導事業が今年度で終了することになりました。大げさに言えば歴史的な役割を果たしたということになるのかもしれませんが、この4年間の事業を改めて振り返ってみたいと思います。

持続可能な住宅社会への転換
 まず、この事業がどのようなプロセスで実施されたのか、そしてどういう意味があったのかということをお話ししたいと思います。
 この事業が始まった時代背景としては、我が国の人口・世帯数の問題あるいは経済の問題と、一方で地球環境の保全といった問題の両方があります。これまでのようにスクラップ・アンド・ビルドのやり方ではやっていけないということで、ストックを有効に活用しよう、そのためには住宅の長寿命化が必要だという考え方でこの事業が始まりました。
 その前には政策の大きな転換があり、平成11年に住宅品質確保法が制定され、住宅の品質や性能に関する法制度が創設されました。平成18年には、住宅政策を量の政策から質の政策に転換しようということで、それまでの住宅建設計画法に替わって住生活基本法ができました。ここで豊かな住生活の実現のための基本概念と到達目標が決定されたわけです。
 そんな中で平成19年ごろだったと思いますが、「200年住宅」というビジョンが提起されました。これは、超長期に対応できる質の高い住宅ストックを形成して総合的に取り組もうということです。100年住宅というのはそれまでも研究がなされていたものの、「200年住宅」というネーミングに新鮮味がありました。
 「200年住宅」のビジョンは、建設システムだけではなくて、維持管理、流通、基盤・まちなみ、金融というようなこれまで建築分野では余り扱ってこなかったような総合的な内容が含まれていました。さらに、それに伴う担い手の育成、ビジネスモデルの構築、国民の意識改革、ここまで到達しないと本当の意味での「200年住宅」の実現は無理なわけですが、非常に大きなスケールのビジョンでした。


 

 この認定基準では7つの基本性能を挙げて、それを満足するものを長期優良住宅と認定して、税制上の優遇措置をするということになりました。なお、この認定制度は先導事業が終了した後も続くので、事業者にはぜひ継続して取り組んでほしいと思います。
 現在、新築の一戸建て住宅の中で長期優良住宅の認定を受けているものの割合は25%程度とかなり安定して普及してきていますが、残念ながら共同住宅については余り普及していません。これをどうすべきかというのはこれからの課題です。

長期優良住宅先導事業への取り組み
 さて、ここからは長期優良住宅先導事業への取り組みについてお話したいと思います。
 この事業の趣旨は、それまでのように、建てては壊しの住宅の扱い方ではなく、「いいものをつくって、きちんと手入れして、長く大切に使う」ために必要な技術を発展させ、普及啓発を図ろうということです。
 平成20年度の第1回募集には、最初ということで603件もの応募がありましたが、その大部分は新築で、特に戸建住宅が多かったのです。
 また、初年度は戸建住宅についてはまとめて募集をしていましたが、内容的に幾つかのテーマに区分した方がいいのではないかということで、21年度の第3回から「木造等循環型社会形成」、「維持管理流通強化」、「まちなみ・住環境」、「自由課題」と4つにテーマを分けて募集しました。それらの提案の中でも半分ぐらいは木造住宅に関するものでした。
 その後、詳しくは後で触れますが、新築については新たな提案が出尽くした感があり、応募数も減ってきたので、今年度の第7回では新築の募集はやめて、リフォームとか流通とか技術の検証とかに重点を置こうということで実施したところです。
 応募の状況を見ると、工務店、ゼネコン、住宅メーカーが何といっても多い。しかし、大手だけではなくて、年間10戸とか20戸という規模の人もかなりの件数応募してきています。むしろ全国規模のプレハブメーカーが5件しか応募してきていません。

 一方、組織・団体について見ると、業界団体がつくったチーム、建材メーカーがイニシアチブを持っているチーム、工務店のネットワークなどがあります。つまり、今回の先導事業は、住宅を供給するのにこれまでの企業の単位だけではなくて、グループとしていろいろ新しいことをやろうということを促進させる効果があったと言えるのではないかと思っています。

 ここで、開始から3年間の応募の提案の傾向と評価を整理してみました。

 平成20年度は長期優良住宅普及促進法ができる前だったので、いわば手探り状態の提案があり、初期性能を向上させるようなハードの技術の提案に偏る傾向がありました。
 ところが平成21年度になると、20年度に採択された提案の内容を公表したので、それらを反映した提案が増えてきました、また、林業、工務店、施主などがネットワークをつくって循環型社会の構築をするというようなユニークな提案がこの年度には見られました。
 平成22年度になると、採択提案の内容が深められて緻密になり、提案内容がさらに充実しました。その反面、先進的・先端的な提案が出尽くした感じがあるわけです。先ほども申し上げましたが、過去に採択されたものを採り入れて次の提案をするということが続くと、最初の頃は、必ずしも洗練されてはいないもののなかなか面白い提案があったのが、だんだん丸い提案になってきて、同じような提案が繰り返し出てくるということになりました。これでは先端的・先導的な提案はもはや出尽くしたのではないかと思わざるを得ないわけです。
 それから、異業種のグループからの提案、つまり建築界ではない人たちからの提案も出てきました。

住宅産業再編への動き
 この先導事業の成果として私が注目しているのは、これが住宅産業の再編の動きに結びつくものがあったのではないかということです。
 一つは、新築の戸建て住宅の提案が多かったということもありますが、工務店の支援をする多様な動きが出てきたこと。工務店というのは地域に根ざしたいい仕事をしておられるわけですが、それでもなお、設計、施工、経営、それからいろいろな手続、例えば先導事業への応募申請というようなことについては不得意なことも多いので、そういう工務店を支援しようという動きが出てきたことに注目しました。
 支援の形は、業界団体で支援する、建材メーカーなどが支援する、大手の工務店が支援する、工務店が連携するなどさまざまな形があります。また、それらも大きく分けると、工務店に対してある主体、例えば建材の団体が何かサービスを提供するような「サービス享受型」と呼ぶべきタイプのものと、工務店の会員が集まってお互いに高め合うような連携をする「ネットワーク型」と呼ぶべきやり方の二つの方向があったように思います。

 どんなサービスがあるのか見ると、維持管理、各種手続、設計、施工など支援主体によっていろいろありますが、面白いのは、一つはどれも人材育成について提案して支援しているということ。人材育成がいかに工務店にとって重要な問題かということがわかります。そしてもう一つが各種手続。やはり工務店の皆さんはこういう手続なんて面倒でかなわないので、その手続をしてくれるサービスをしてほしいということなんですね。

 そのほか、個別の技術やサービスも行われます。最初のころは先導的個別技術だったのですが、後の方になるとだんだんネットワーク的なやり方ですね、維持管理保全計画の実行を担保するものとか、流通促進に関する取り組みとか、まちなみ住環境に関する取り組みとかについてのサービスがふえてきました。
 もう一つ注目されるのは、木造住宅の生産者と木材生産者との連携。林業と建設業との連携と言ってもいいかもしれません。今や国産材がかなり使えるようになってきて、国産材を使って住宅を建てようということで、山と工務店との間をつなぐような様々な活動が出てきたことにも注目しました。

長期優良住宅先導事業がもたらすもの
 次に、長期優良住宅先導事業がもたらすものは何かということをお話しします。
そこで、二つの住宅循環のシステムを描いてみました。

 これまでは上段の図のようなシステムでした。建てて、居住して、30年ほどたてば壊してしまう。それからまた建てて、居住して、途中にリフォームが入りますが、30年たてば壊してしまう。つまり、建てては壊し、建てては壊しを繰り返しているのです。こういう言わば「住み切り」が、これまでの住宅供給・利用のシステムだったと思うのです。
 ところが長期優良住宅はそういう考え方ではなくて、いいものをつくって長く使っていくという「住み継ぎ」のシステムなんですね。下段の図は上段の図よりも厚みを大きくかいていますが、これは、いいものを建てるということを表しています。いいものを建てて、30年から40年使うと、昔なら親から子、あるいは孫に二代三代と続いていきますが、最近はそういうわけにもいかないので、一代終わると、次はそれを流通させて違う人がそれを使う。違う人はそれを買って、まずリフォームをして使うということを繰り返して、二代も三代も使っていくという考え方です。これを「住み継ぎ」と呼んでいますが、長期優良住宅の新しさの根本は、「住み切り」から「住み継ぎ」への大きな転換、これが根本的な問題です。
 この「住み継ぎ」を可能にするためには、住宅性能・品質の向上をやらないといけないし、不動産業を含む多様な住宅関連業務の住宅産業への参入も必要になります。つまり、これまで住宅産業と言えば、住宅を計画し、設計し、施工し、販売するところまでだったのが、今やリフォーム、コンバージョン、インスペクション、性能・品質評価、履歴情報管理、瑕疵保証・保険、ホームセンター、コミュニティ、まちづくりなどが、全部住宅産業の範囲に入ってきました。
 また、長期にわたる社会ストックとしての住宅の存続期間が、数世代に区分され良好な状態で「住み継ぎ」が行われるためには、それにふさわしい流通と管理システムも必要になってきます。
 そのためには、スケルトン・インフィルシステムによる住宅建築、住宅マネジメント、賃貸・売買の流通システム、住環境マネジメント、相続問題といった総合的な問題、冒頭で「200年住宅」という非常に広い範囲の構想に触れましたが、それが全部ここにかかってきます。
 さらには、地域の住まい・まちづくりネットワークシステムの構築ということで、多様な地域建材・技術の開発、循環型地域経済の形成、それから、木材がかなり重視されるようになって、林業、製材、流通、建設、リフォームの縦のフローの産業システムの構築ができてきました。そういうことから新しい職能が生まれる可能性も出てきました。例えばハウジング・マネジメント、まちづくり建築家、リフォームにおける多能工、いえもり支援といったものが生まれたわけです。

今後の取り組みへの期待
 残り時間がなくなってきたが、最後に今後の取り組みへの期待として、2点挙げておきたいと思います。
 一つは、当面は住宅リフォーム産業を振興しなければいけないということ。今日のシンポジウムの最後に国土交通省の方からお話があると思いますが、これからは住宅リフォームを大いに推進することが重要で、中古住宅流通・リフォーム事業への政策的支援と総合的な調査研究活動が求められます。このことは、新成長戦略にも挙げられており、既にそのための様々な体制づくりが始まっています。
 もう一つ私が大事だと思っているのは、これまでの長期優良住宅は言わば健康優良児のようなものだったが、そのほかにも地域において歴史的に形成されてきた長寿命優良住宅が実際に存在しているということです。
 それらを丹念に発掘し、地域の気候・風土、歴史・文化、産業・経済、生活・慣習等の観点から再評価し、長期優良住宅認定制度との関係も考慮しつつ、「地域型長期優良住宅」としての位置付けを与えて推進することが必要ではないかと感じています。
 以上、最後は時間の関係ではしょってしまいましたが、ご静聴ありがとうございました。(拍手)


※当日の配布資料はこちらでダウンロードできます。

 

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