論文募集「こんなまちに住みたい」審査委員講評

 

<審査委員長 村上 周三(慶応義塾大学教授)>

  「まち」という今回の論文コンペのテーマは、前回の「家」というテーマに比べ、論文をまとめるのが難しかったようである。「家」に比べると既存のものとは異なる新しい街の形や都市システムをイメージするのが難しく、内容に具体性を持たせて論文を構成するのが困難であったようである。また、「こんなまちに住みたい」というテーマ設定により、結果的に日常生活を中心とした住みやすさという側面に視点を向けさせることになり、老人問題などに内容が集中する傾向もみられた。

  そのような困難の中で、今回数多くの優秀な作品に接することができたことは大きな喜びであった。選ばれたものいずれも、コミュニティ活動、空き住宅管理、地場産業、独居老人等のユニークなキーワードを駆使して、今後の“まち”のあるべき姿、方向をさまざまの視点から具体的に示しており、建築・都市の関係者に大きな示唆を与えている。これらの貴重な提案が今後の都市行政、住宅行政に生かされることを期待する次第である。

 

<審査委員 浅見泰司(東京大学空間情報科学研究センター教授)>

  主な評価の視点は以下の3つである。(1)論理性:感覚的な表現で議論を進めているものがあったが、読ませる論文では筆者の感覚も論理的な記述や論旨に裏付けられていた。(2)主張が明確か:事例の紹介はそれ自体としては参考になるが、それをヒントに、何を提案したいのか、どのようなまちにしたいのか、そのためにどうすべきなのかが書かれるべきである。(3)新規性:どんなに良い指摘であっても、世に出されている考え方を繰り返している場合には高く評価できなかった。まちというテーマはやや難しかったようだが、にもかかわらず、限られた字数の中でユニークな提案もあり、審査を楽しませていただいた。このようなアイデアによって、良いまちづくりに結びつけていければ良いと思う。

 

<審査委員 大久保恭子(株式会社リクルート監査役)>

  入選作には共通した思いがある。京都のような歴史の蓄積のある街や、先進的機能を誇る未来志向の街ではなく、多様な世代が交流しながら、長く住みつづけることのできる人間臭い街に住みたい、という思いである。20世紀の工業化社会を経て、失われゆくもの、薄れゆくものへの郷愁がどの論文からも伝わってくる。

  そして、「座り込める街」「コミュ事」「独居老人とひとり親家庭の助け合い」等々の提案は、そこに住む人たちのあるべき暮らし像なしには、街のありかたは語れないという、極めて本質的な問題提起がなされていたように思う。

 

<審査委員 隈研吾(建築家)>

「こんなまちに住みたい」というテーマのコンペとなると、以前にあったなら、おそらくハードからまちづくりを考える論点が大半をしめたであろう。しかし、今回はむしろ、ソフトからまちづくりをとらえる視点の中にすぐれたものが多かった。「まちづくり」というテーマが、ハードという静的な領域からソフト、オペレーション、プロセスと呼ばれるような動的な領域へと移行したことの証拠をみる思いがした。「コミュ事」という言葉は、そんな時代を象徴している。アカデミックな分析だけではなく、コピーライターのような人を動かす「つかみ」も、まちづくりに必要とされる時代である事を、痛感した。

 

<審査委員 妹島 和世(建築家)>

  「こんなまちに住みたい」というテーマにふさわしく、自分たちの住みたいまちや過ごしたい場所について、すぐに実践できそうな提言や自分の実体験をベースにした具体的なアイデアが多く、これからのまちについて、いろいろと考えが広がりました。

 

<審査委員 葉青(作家)>

  全体傾向として、前回の「21世紀理想の住宅」と同様、もしくはその延長線上のコンセプトのものが集まりましたが、私の目をひいたのは、やはり「老人」に関する内容でした。

  当然これは、これから日本社会が抱える大きな問題で、日本人にとって、中国人よりも切実なこととして感じとりました。そのやさしさにあふれた文章には、私も大変感銘を受けました。「元気な老人が、元気のなくなった老人を介護する」(No. 34)の発想は、素晴らしいの一言です。

  人間だれにとっても、究極的に住みたいまちとは、”愛”がすむところです。道徳があり、お互いを助け合い、生きる環境に恵まれ、やすらぎの中 … それには、どのようなまちをプランし、具体的に実現していくかが、とても重要ですね。

 

<審査委員 寺前實(国土交通省住宅局住宅生産課 課長)>  

 今回の論文募集のテーマである「まち」の概念は人それぞれであろうから、応募作品は都市のレベルから集合住宅まで様々であり、また、それぞれにハードからソフトまでいろいろな提案や理想のまちづくり、すまいづくりが描かれていました。住宅単体に比べ「まち」となると捉え方が難しく感じるため、昨年よりも応募が減少したようで、応募者は専門家などに限られた傾向が強く、専門的、業務的な提言が目立った印象でした。私としては、この論文募集は専門性、高度性、完成度を競うのではなく、いわゆる一般の方にも積極的に参画して頂くべきものと考え、市街地や住環境レベルにおいて、日常感じたことをその実現性に拘わらず率直に記述した論文を期待し、そのような論文を推薦したつもりです。以上。

 

<審査委員 赤井士郎(社団法人住宅生産団体連合会 副会長)>

  住む街をこう変えたいという論文が殆んどであるのは、テーマの課題だから当然であろうが、視点を変えてこんな街には住みたくないという見方もあるのではないか。そうなると現在住んでいる街からの離脱であり、どこか別の街への選択でもある。こうした提案があっても良いのではないか。日本で住替えは個人の住宅に限定されるが、米国での住替えは、街の選択でもあるようだ。いわゆるゲートシティである。日本では古くから『住めば都』などといって住宅を売買することを嫌う文化が根付いてきたが、これからの高齢社会では大きく変わるはずである。日本の住宅の中古市場が新築に比較して極端に小さく市場インフラの一つである売買の情報開示がインターネットにのらないのは何故か。街を良くしていくためには住宅売買という交換市場を活性化して始めて変っていくものだという視点も欲しかったのである。

 

<審査委員 山内泰之(独立行政法人建築研究所理事長)>

  今回は「こんなまちに住みたい」という課題で「まち」あるいは「都市」を主題としたが、やや対象が漠として広いためか、応募も前回の「住宅」より少なく課題の難しさがうかがわれる結果となった。よって、どういう視点から「まち」を論ずるかという、いわばキーワードにいくつかの類型があったと思われる。それは高齢者問題、ゴミの問題、エネルギーの問題、環境問題等々であるが、ともすれば、それらの問題に論点が移りすぎ「まち」の話はどうなったんだということになりやすいようである。結局、そのバランスをうまくとり、主張すべきポイントを明確にできたものが入賞作に選ばれたと思う。

 

 

 

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