「平成23年度長期優良住宅先導事業の概評と今後の動向」
 長期優良住宅先導事業評価委員・東京大学大学院教授 松村 秀一 氏

 こんにちは。東大の松村と申します。
 皆さんのお手元に、平成23年度の長期優良住宅先導事業にどんな提案があって、どんな評価ポイントで、なぜ選ばれたのかということをまとめた資料があります。今日は、これまでのシンポジウムのようにそれに沿って次回募集への「傾向と対策」的なお話を15分間するつもりで来たのですが、よく考えると今年度でこの事業が終わるので、その必要はないことに楽屋で気がつきました。
 そこで、私も4年間評価をやってきて大変な数の提案を評価したので、個人的な感じではもう10年ぐらいやっていたような感があるのですが、その中で感じたことをお話ししたいと思います。

ストック社会に対応した住宅産業への転換
 私自身は、政府が「200年住宅」というものを検討していたときに、いろいろな専門家から忌憚のない意見を聞きたいということで1回呼ばれました。その時には、もはや新築で長持ちする住宅を建てるのに技術的課題は何もなくて、みんなやる気になってそれだけのお金を払えば造れるので、今から長持ちする住宅を建てるというのは政策課題にならないのではないかという趣旨のお話をしました。
 むしろ、当時から5,760万戸の住宅ストックに対して世帯数が4,999万世帯と、住戸の数の方が13〜14%上回っている時代に入ってきていて、しかも高齢化してローンを組んでまで住宅を建てようとは思わないという人が増え、かつ5,760万戸のうち6〜7割は結構しっかりした住宅が建っているとするならば、住宅産業は、仕事の業域もそのための人材育成も、異業種連携も含めて新しいタイプの事業展開を考えなければいけない時代にまさに入ろうとしていたわけです。
 もちろんある業態からある業態に移行するときには大きなリスクを伴いますから、そのリスクを少しでも減らして、そういう方向に導いていくような政策が一番望ましいというようなお話を申し上げた記憶があります。
 その後この先導事業ができて、初めのうちは新築中心に展開していましたが、最後の平成23年度は、先ほどの巽先生のお話にもありましたように、新築部門はなくなり、既存住宅の改修という部門が中心になりました。それはまさに今申し上げたようなことを、私だけではなくて多くの政府の方や、おそらく業界の方々も含めて時代認識として共有していることの表れだと思います。

新たなニーズに対応できる人材の育成
 今から15年前ぐらいに、私自身は欧米の団地再生の調査をしていた時期があります。その頃、例えばスウェーデンとかフランス、イタリアといったところの市場構造がどうなっていたかというと、一国の中で1年間に建築あるいは住宅に投資される額の5〜6割が、改修系の仕事になっていたのです。日本では今でもそういう割合にはなっていないと思いますが、中長期的に見ればそういう方向で割合が上がってきて、新築が3割から5割、それ以外の仕事が5割から7割を占めるような市場構造に変わっていくということを、15年前ぐらいに知ったわけです。
 そのときに大事だと思ったことの一つが人材育成です。15年ぐらい前にヨーロッパの国々を回って、業態を約10年かけて変えてきた企業にお話を伺ったわけですが、新築から別の市場に変わっていくときに何が一番変わったか、あるいは何が求められたかというと、新しいタイプの人材が求められたというのが多くの国で聞かれたことです。
 それは何かというと、コミュニケーションができる人材。つまり、新築を建てる場合は、もちろん注文住宅だと打ち合わせはあるのですが、建て売りにしろ、マンションにしろ、賃貸アパートにしろ、住む人とそんなに密接にコミュニケーションをとるということはないですね。
それに対して既存の住宅あるいは建築を改修する場合には、雨が漏るから直したいというのもあるでしょうけれども、大きくとらえると、住むところはあるけれども何とかしたい、あるいは生活をもうちょっと豊かにしたい、だけどお金はそれほどないといったように、いろいろな状況の中で不満に思っていることとか、実現したい希望があるわけですね。それらをうまく導き出しながら何をすればいいかを提案できるような、あるいは集合住宅で合意形成するときには司会役を務め、うまくプレゼンしながらある方向に誘導して結論づけていくような、そういう話ができる人間が必要だと。もちろん専門的な知識は必要ですが、そういう人材を育てなければいけないということをお聞きしたことがあります。
 そういう意味では、それほど多くはありませんでしたが、今年度の提案の中にも人材育成ということを含んだ提案が幾つかありました。
まずは技術的に、診断がきちんとでき、それに対して理由をちゃんと説明して、どう直すということが説明できるとかいうこと。それプラスして、実際に仕事を展開していく上でのコミュニケーション能力、何のために皆さんがお金を出しているのかということに対して理解する能力など、いろいろな能力が必要になってくるということが一つ目です。この点は、必ずしもこれまで先導事業で十分にできたわけではない分野として残ったと思います。

「生活を何とかしたい」に応える異業種連携
 二つ目が、先ほど「住むところはあるけれども何とかしたい」と言いましたが、10年前ぐらいに標語のように、「『ないから建てたい』から『あるけど何とかしたい』へ」と講演会のたびに言ってきました。
 従来、住宅の設計とか施工に関わってきた業界というのは、住宅が「ないから建てたい」というニーズに応えてきました。しかし今は、空き家率も13〜14%になっていますから、「ある」のです。あるけど「何とかしたい」。
 その何とかしたいのは建物かというと必ずしもそうではなくて、生活を何とかしたい。従来はそこのところを建築屋さんは間違えてしまって、モノの性能さえよくなればそれでいいと考えているかもしれません。もちろんそれは悪いことではないし、やるべきことですが、それで潜在するニーズをつかむことができるかというと、そんなことはあり得ない。むしろ生活がどうなるかということが、一番の関心事になってきたと思うわけです。
 そのときに、これまでの提案の中に幾つも出てきていますが、異業種との連携が必要になるというのは当然のことだと思います。何とかしたいのは生活ですから、例えば住宅をバリアフリーにすることと介護サービスとがどのように連携するかということが生活者の求めている事柄であって、そこまで広がりを持った産業形成ができるはずだということが二つ目に申し上げたい点です。

「エリア」で考える仕組み
 三つ目は、今回の提案の中で非常に欠けていたのですが、これからは自分の家だけ直しても生活がよくなるわけではないということです。つまり、エリアが沈滞して空き家だらけになっているのに、自分の家だけ長期優良住宅ですなんていうことはおよそあり得ないことなので、当然ながら、そのエリア全体が活性化していく仕組みに注目する必要があるわけです。
 それが不動産としての価値も決めていくし、いろいろな意味での流通も活性化させていくわけですから、エリアで物を考えていく、あるいはそこでどういうビジネスを起こしていくかということが、空き家が増えてくる時代になってくると非常に大きなポイントになってくるので、そういうところに踏み込んだ提案みたいなものがあればよかったと思うわけです。

新築とは異なる新たなビジネスモデルの確立
 もう一つだけ申し上げると、「あるけど何とかしたい」という場合、これも前から言っているのですが、他の出費と同じ財布から出るということが問題になります。
 住宅を新築する場合は、住宅の資金をみんな別に貯めています。財形とか、あるいは借金も、幾ら借りてもいいぐらいの破格な住宅ローンを組むわけですが、「何とかしたい」という場合、生活を何とかしたいわけですから、今年200万か300万使えるとしたときに、それを何に使うと自分たちの生活が一番豊かになるかということの競争の中にあるということです。
 つまり、旅行に行くのがいいのか、すごい家電製品を買うのがいいのか、別のいろいろな事柄がある中の一つとして、リフォームするのがいいのかということになってくるわけです。
 そうなってきたときに一番重要なことは、費用対効果が明快に説明できる業界かということです。
 ほかの業界では大抵わかるようになっています。幾ら出したらこんな車が買えるとか、幾ら出したらこんなホテルに泊まれる、こういう海外旅行に4人で行けるとか、それがどんな感じか、どういう豊かさが享受できるのかが想像できるのですが、リフォームというのは幾らかかるかわからないし、どうなるかもよくわからないと従来から言われています。
 それに対して今回の提案の中では、例えば上がるであろう性能について視覚化するとか、きちんと説明する。あるいは診断に関しても、信頼できる技術を全員で共有して、それを一つの標準にして信頼されるようにして、ここが悪いからこう直す、これは幾らかかりますというある種の明示性を提案されているものが高く評価されています。
 それはそういったことの第1段階で、およそ新築とビジネスのフィールドがかなり違うということは直感的にわかるのですが、日常的に設計とか工事をしていると、建物でつながっているのは一緒なので同じ分野のような気がしてやっていますけれども、それでは広がりが出ない。こういう機会に、新しい分野で、新しい産業的な広がり、あるいは社会的な役割を担える方向に方向づけていっていただけると大変ありがたいですし、今回の先導事業はそういうことの基盤になるようないろいろな技術、あるいは体制整備が全国各地から提案が寄せられたということは非常に大きな成果だと思っております。
 長期優良住宅先導事業は終わりますが、事業がなくなったところから本番が始まる類のものですので、ぜひ皆さんとともに盛り上げて頑張っていければと思っております。
 ありがとうございました。(拍手)

 

※当日の配布資料はこちらでダウンロードできます。

 

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