■建築研究報告

リスク基盤の避難安全検証法に関する研究

田中哮義、出口嘉一、仁井大策、久次米真美子

建築研究報告 No.154(2023(令和5年)3月)
国立研究開発法人建築研究所
93p


<概 要>
 

建築物は人々を種々の危険から安全に保護する上で不可欠のものであるが、火災によって逆に深刻な危険をもたらしてきたことも否定できない事実である。建築火災からの安全確保のために昔から様々な努力が積み重ねられてきたが、次第に建築法規に防火基準を導入することで火災安全を確保するための主要な手段になって現在に至っている。しかし、建築に関する種々の技術や諸環境が急速に変化してゆく中で、火災安全対策を法規の仕様書的基準のみで合理的に処理し続けることは無理なことが次第に明らかとなり、そのため性能的方法による建築物の火災安全設計への期待と導入への動きが世界的な潮流となってきている。しかし、それはなお発展途上の方法であり、検討・改善すべき点を多く残している。
建築基準法の避難安全に関する規定は多くあるが、それらの目的や、意義は明白に述べられていないので、防火関係者の間ですらそれらの意義や有効性に関する認識が必ずしも一致しない。一方で平成12年(2000)に導入された避難安全検証法では避難安全設計が避難時間と煙の降下時間の問題に単純化され、その計算のための避難者人数と設計火源を規定したが、設計火源の妥当性についての根拠は曖昧であり、また各種防火設備の信頼性の問題についても殆ど考慮がなされていない。
耐震設計であれば観測される地震の震度の大きさや頻度を基にして設計地震荷重を定めるであろう。火災の場合にも火災統計は存在するのであるから、それを活用することが現実離れした設計火源の設定を行う危険を避けるための賢明な方法であろう。また、国内外を問わず、多くの犠牲者を出した建築火災の事例の殆どで、防火設備が正常に機能しなかったことが原因として挙げられている。通常時は起動されない防火設備が、いざ火災と言う時に作動しない可能性があるのは言わば防火設備の宿命とも言えるので、避難安全設計ではその可能性を十分考慮に入れる必要がある。
リスク基盤の避難安全性能検証法は、建築火災時に避難確保が困難になるリスクを許容レベル以下に抑制するために、避難安全検証で設定すべき設計火源と設計火災シナリオを決定するための方法論である。ここで対象とするのは、この設計火源と設計火災シナリオの合理化であり、現在の避難安全検証法で採られている決定論的検証システムと避難および煙性状計算法は踏襲する。

本報告におけるリスク基盤の避難安全性能検証法の概要は以下の通りである。
1.避難リスクと死傷確率

(1) 避難リスクと死傷確率

任意の空間の‘避難リスク’ を火災の発生確率と死傷者数の期待値の積、火災により発生する死傷者数の期待値として定義する。または、当該空間の在館者数と火災(小火を除く)が発生した場合の死傷確率の積とする。

(2) 許容避難リスクと標準建物空間(Benchmark building space)

建築空間はその規模、用途などに関わらず、何れも火災による避難リスクは等しく一定の許容リスク以下でなくてはならない。すなわち。
は、火災による避難リスクが許容可能なレベルにあるとして一般が認める建物空間を標準建物空間として選び、その空間での火災発生確率と火災が発生した場合の避難リスクの値として定める。なお、ここでは標準空間(H)は平均的な戸建住宅とする。

(3) 設計ベースの許容避難リスク、許容死傷確率

避難リスクは火災発生確率を含むが、避難安全設計は火災が発生したことを前提に作業が始まる。その場合の避難リスクを設計ベースの避難リスクと定義する。すると、設計ベースの許容避難リスクは、、許容死傷確率は、で与えられる。
2.許容死傷確率と設計火源
設計火源は避難安全検証法と同様に火源、すなわちとする。ただし、火災区画の発熱速度の最大値は換気支配の発熱速度やスプリンクラー設備(SP)で頭打ちになることを考慮に入れるものとする。
避難人数や避難出口などの条件が同じでも、設計火源の成長係数の値の取り方で避難安全計画の適切性についての評価が別れるための設定根拠は明確でなくてはならない。本報告でのは火災統計データに基づいた火災成長係数の確率密度分布においてとなる確率が許容死傷確率と等しくなる時のを設計火源の火災成長係数としている。
3.防火システムの作動/不作動に基づく火災シナリオ
建築空間はスプリンクラー、排煙設備、防火戸などの防火設備が設けられているが、実際の火災発生時にはそれらの全てが正常に機能するとは限らない。それら各種防火システムが正常に作動するか否かによって生ずるシナリオ毎に火災の条件や避難環境が劇的に異なる。
建築空間の避難リスクはこれらのシナリオにおける避難リスクの集合であるが、それらのシナリオはイベントツリーを作成することで特定できる。また関連する防火システムの作動確率pを用いれば、各シナリオの生起確率が算出できる。
シナリオiの設計ベースの避難リスクは、従って死傷確率はとなる。 
4.建物空間の許容避難リスクの各シナリオへの分配
シナリオが一般にN個あるとき、建物空間の設計ベースの避難リスクは、N個のシナリオにおける避難リスクの総和となる。が当該空間の許容避難リスクを超えることは許されないので、の制約が課される。に課される制約はこれだけであるから、これを満たすの組み合わせには大きな自由度がある。そこで、その制約の下でを各シナリオに分配し、それぞれのシナリオ毎に避難安全検証すれば良い。
これは、避難リスクの代りに死傷確率を用いても同じであるから、の制約の下で空間の許容死傷確率をシナリオ毎に分配して各シナリオの許容確率とし避難安全を検証することが出来る。
上記の検証には、2.の方法で各シナリオの許容死傷確率に対応する設計火源を算出し、その下で火災性状と避難行動の予測を行い、死傷者が0となることを示せば良い。
5.ケーススタディー
本報告の目標は避難安全検証法における設計火源を適切に定める手法および防火設備システムの作動と不作動のシナリオを避難安全性の評価に導入する手法を開発することである。それらの手法は実際的な建物条件に適用したときの実務的妥当性が支持されるものでなくてはならない。その確認のため今回の手法を居室避難および階避難の検証に適用したケーススタディーを行った。その結果、今回の方法によって導かれる設計火源、設計火災シナリオ、火災安全設計解は現状の安全レベルを損なうものでも、また技術的・コスト的に過度に厳しい要求を強いるものでもないことが確認されたと考える。
なお全館避難についてもケーススタディーを載せるべきであったが、検証すべきシナリオが多くて現状では少し複雑であることから、本報告では割愛した。
6.Annex
上記1.〜4.の記述の煩雑さを避けるため、リスク基盤の避難安全性能検証法に関して行った技術的検討は内容の一部をAnnexとして纏めている。
7.付録
火災階避難検証のケーススタディーの実施のために必要となった火災室・火災階の煙層降下予測のためのエクセルプログラムおよび火災階避難時間予測の簡易計算法について記述している。

*1 京都大学 名誉教授
*2 国土技術政策総合研究所 建築研究部 防火基準研究室 主任研究官
*3 京都大学大学院工学研究科建築学専攻 助教
*4 株式会社日建設計 設計監理部門 セーフティデザインラボ(防災計画) ダイレクター

計算プログラムの配布について


   表紙・はしがき・概要・目次 869KB
   1.リスク基盤の避難安全検証法に関する研究の背景と目的 513KB
   2.性能的避難安全設計法の基本構成 535KB
   3.リスク基盤の避難安全検証法の手続き 629KB
   4.リスク基盤の避難安全設計における設計火源 751KB
   5.許容避難リスクと設計火源 721KB
   6.許容避難リスクと設計火源の決定 681KB
   7.設計火災シナリオへの許容避難リスクの配分 805KB
   8.リスク基盤の避難安全検証のケーススタディー 2,383KB
   9.全館避難の安全検証に関する検討 767KB
   謝辞 545KB
   付録 1,893KB
   奥付 466KB
   全文 4,474KB

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