■建築研究報告

都市構造と交通施設整備に関する基礎的研究

浅野 光行

建築研究報告 No.89, 1980 建設省建築研究所


<概要>

       土地利用と交通施設は、都市の物的な空間構造を構成する2つの重要な要素である。都市交通施設の整備が市街地の発展形態、都市活動の分布、あるいは土地利用構成等に大きな影響をもつことは従来より広く認識されている。しかしながら、交通施設計画の多くは将来の土地利用あるいは人口分布を与件として立案されるが、交通施設計画から土地利用等へのフィードバックは明確な形で考慮されていない。
 本研究は、パーソントリップ調査による一連の交通推計モデルに、交通施設整備が土地利用パターンへ与える影響を明示的に組み入れ、交通施設と土地利用の相互作用を考慮した動的な都市交通計画手法の確立に資することを目的とする。

 本論文は全体が9章で構成されており、第1章は研究の背景、目的、構成、範囲等、研究のフレームを明らかにする。
 従来の研究から発展させた中心課題は下記の通りである。
  1. 都市交通計画の手法に交通施設と土地利用の相互作用を組み込む観点より、両者の関連を動的(dynamic)に把え、定式化する。

  2. それらを基礎として、交通施設整備が土地利用に与える影響を考慮した都市交通計画のための分析手法を明らかにする。

  3. この分析手法の適用により、交通施設整備と土地利用パターンへの影響との関係に関する基本的性向を明らかにする。

 第2章は、土地利用と交通施設との関連性を概念として、また実態として把握し、その多面性を認識すると共に、都市交通計画の手法に土地利用への影響を考慮する視点から、それらの相互作用の把握概念を設定する。相互作用を把握する前定として、都市を1つの活動システムと見做し、その要素を物的なインフラストラクチャーである土地利用と交通施設、およびそこで生じる都市活動と都市交通という4つの要素に分け、それらの関係を整理した。

 その結果として、下記に示す相互作用の基本的概念を導いた。

  1. 土地利用で営まれる都市活動と交通施設が提供する交通サービスがある時点で与えられた時、その静的(Static)が均衡点として都市交通の需要およびその流れが決まる。

  2. 土地利用と交通施設は、そこで生じる都市活動、都市交通を媒体として、時間軸上で基本的には動的(dynamic)な相互作用をもつ。

 第3章は、前章の相互作用の把握概念をもとに、それらを定式化する準備作業として、土地利用の規定要因をいくつかの側面より分析を行う。土地利用の規定要因は、土地利用計画、経済立地論、土地分級評価における考え方を整理し、本研究における規定要因の枠組みを設定するが、その内容は第4章に示す通りである。また、交通施設整備が土地利用に与えるインパクトとその要因を分析すると共に、LOWRYモデル、BASSモデル、EMPIRICモデル等、既存の土地利用モデルにおける土地利用と交通施設の関係の把え方を整理した。
 それらの分析を通し、土地利用と交通施設の相互作用の媒体変数としてポテンシャルタイプのアクセシビリティー指標の抽出を行った。更に、このアクセシビリティー指標の特性を中京都市圏における分析を通して把握し、媒体変数としての位置付け、交通モデルとの関連性等の問題点、課題を明らかにした。

 第4章は、以上の予備的検討を基に、「交通・活動分布モデル」の作成について述べる。このモデルは、現代から将来にかけての段階的な交通施設の配置と整備計画を考えるための一つの分析モデルを意図しており、下記の機能を具備すべく作成した。

  1. 対象都市圏の各種活動(人口指標で表す)のコントロールトータルが外生的に与えられたとき、各活動の都市圏内の分布と交通フローを経年的に予測できること。

  2. 交通計画および整備プログラム、大規模開発、土地利用制約等が政策変数としてインプットが可能なこと。

 土地利用で生じる都市活動と交通施設との相互作用は次のように定式化した。交通フローは各々の時点で活動分布と交通施設ネットワークが与えられたときスタティックな関係として決定される。また、活動分布は交通施設ネットワークが提供するアクセシビリティーによってダイナミックな影響を受けると同時に、各種活動分布との競合、その他の立地要因の影響を受けつつ決定される。
 この定式化をもとに、モデルは交通、アクセシビリティー、および活動分布の3つのサブモデルで構成した。交通モデルは従来のパーソントリップ調査を基にする4段階交通推計手法を適用し、このモデルを基礎として他の2つのモデルが組み込まれる。アクセシビリティーモデルは、活動分布と交通施設の媒体変数としてのアクセシビリティーを算定する。アクセシビリティ指標の基本形は下式の通りであり、時間距離Dijとパラメータλに対し、新たに活動とトリップの結びつきを考慮した点に特徴をもつ。

ここでゾーンの活動kへのアクセシビリティー
ゾーンの活動kの活動量
Dij:i,jゾーン間の時間距離
λ:距離抵抗を示すパラメーター

 活動分布モデルは、単位期間△tにおける各種活動分布の変化を説明する。活動分布モデル式の一般形は下記の通りである。

△A=f(C,U,L,R,E)

ここで、△A:単位期間における活動分布の変化
C:各種活動の立地の競合関係を表す競合条件
U:単位期間当初の活動量等で表される利用条件
L:アクセシビリティーで表される位置条件
R:都市計画の地域・地区等で表される制約条件
E:自然条件、都市施設の整備水準で表される環境条件

 このモデルは過去からのデータをもとに重回帰分析により決定するが、線形回帰モデル式は説明変数に多種活動立地との競争条件を含むことから、ゾーン別の同時決定タイプの連立方程式体系をとることが特色である。
 モデルの全体構成のなかで、交通モデルで算定されたゾーン間所要時間はアクセシビリティーモデルにインプットされ、そこで算定されるアクセシビリティー指標は位置条件(L)として活動分布モデルにインプットされ、結果としての活動分布および交通フローが算定される。
 交通・活動分布モデルの従来のモデルにない主要な点は下記の通りである。

  1. 交通フローとアクセシビリティーを媒体として交通施設と土地利用で営まれる活動(人口指標で表す)の相互作用を動的な関係として定式化し、それに基づくモデルとした。

  2. 従来の交通推計モデルにアクセシビリティーモデルおよび活動分布を結合し、交通と活動分布の変化を両者の相互作用を考慮しつつ時系列的に分析できるモデルとした。

  3. 交通フローを予測する交通モデルと活動分布を予測する活動分布モデルをアクセシビリティーモデルによって明示的に結合した。

 第5章および第6章は、「交通・活動分布モデル」の基本的考えに基づき、ケーススタディーを通してモデルの作成および適合性の検定を行う。
 第5章は、仙台都市圏を対象にモデルの作成を行った。ここでの課題はモデルそのものの詳細な分析ではなく、モデル作成の第1段階として、利用可能なデータ制約のもとに、モデルの実行性を中心に分析を行った。モデルは昭和47年仙台都市圏パーソントリップ調査を基礎とし、分析対象域内を49ゾーン(うち仙台市32ゾーン)に分割し、昭和47年から昭和50年にかけての3年間の活動分布の変化データを用いて作成した。
 交通施設は道路、バス、および鉄道の3種類のネットワークを対象とし、活動指標は夜間人口等、5分類とした。
 交通、アクセシビリティー、活動分布の3つのモデルが作成され、活動密度の変化を被説明変数とする1次線形回帰モデルとして作成した活動分布モデルの適合性の検定を中心に分析を行った。
 その結果、モデルは十分に実行性を有し、また、データの制約上活動分布モデルは説明変数を限定したモデルであったが推定結果は良好であり、モデルとしての可能性をもつことが示された。

 第6章は、仙台都市圏における分析結果をもとに、関数係、諸変数等の選択の巾が広い活動分布モデルを中心に、広島都市圏を対象としてモデルの作成を行い、活動分布モデルのタイプによる比較分析を行った。モデルは昭和42年広島都市圏パーソントリップ調査を基礎とし、分析対象地域を47ゾーンに分割し、昭和40年から昭和50年の約10年間の活動分布および交通ネットワークの変化データを用いて作成した。
 交通施設は仙台都市圏と同様に3種類のネットワークを対象とした。活動指標は各種人口分布の類似性の分析より、夜間人口および業種別従業地就業人口を6分類して用いた。
 活動分布モデルは、関数形および変数により4つのタイプのモデルを作成し、仙台都市圏と同様に、実際の変化値と推計値の間で適合性の検定を行った。
 分析の結果はいずれのタイプのモデルも仙台都市圏における結果と比較して良好な適合性を示し優劣をつけ難かったが、活動密度の変化量を被説明変数とする1次線形モデルが比較的各活動種別とも安定した適合性を示した。
 モデル構造の安定性等に関する分析が都市圏間の比較を通して更に必要となるのが、以上の分析を通して「交通・活動分布モデル」の基礎的な骨組みは出来たと考える。

 第7章および第8章は「交通・活動モデル」の適用性の分析を行うと共に、その結果から、交通施設整備が活動分布パターンに及ぼす影響に関する基本的性向を把握する。
 第7章は、仙台都市圏で作成されたモデルを適用し、単位期間をサイクリックに算定する予測モデルとしての実行性を明らかにすると共に、この適用を通し、交通ネットワークの形態による活動分布パターンの変化を中心に分析を行った。モデルの算定は仙台都市圏を対象に、昭和50年を基準年次とし、単位期間を3年間とする4期間に対し、道路および鉄道の整備計画の組合せによる5つの分析代替案についてモデルの適用を行った。
 分布の結果、モデルの実行性に関しては、各サブモデル間および単位期間毎の連続性は確保され、十分運用が可能であることが明らかとなった。また、分析代替案の比較を通して、(a)地下鉄の整備は線路沿いに従業者が多く分布し、夜間人口は路線沿いの外周部に拡大する、(b)環状路線主体の道路整備は相対的に活動分布を分散させる傾向にある、(c)自動車トリップは放射型道路整備で多く、バストリップは環状型において多い、等が定量的に把握された。

 第8章では、交通ネットワークの形態と整備プログラム、および大規模開発(活動の計画的配置)による活動分布および交通の変化の傾向を広範に把えるため、モデル都市を設定し、広島都市圏で作成したモデルを適用した実験計算を行い、交通施設整備と土地利用パターンの関連性を分析した。
 設定したモデル都市は、基準年次の人口約50万人、土地利用、就業構造等が広島都市圏に類似した、1辺16qの都市圏とした。この都市圏に対し、交通ネットワークの形態、整備順位、および活動の計画的配置の組合せによる14の分析代替案を作成し、単位期間を10年とする3期間について各々モデルの適用を行った。

 分析により明らかにされた主要な結果は次の通りである。

  1. 目標年次の活動分布は各分析代替案毎に特徴をもつパターンを示すが、基準年次からの変化と比較してそれほど大きな差ではない。

  2. 基準年次から目標年次にかけて、一般に、夜間人口は分散傾向、従業人口は都市部への集中傾向を示す。

  3. 都市圏の総トリップ人時が最小のケースは、道路:環状路線先行整備、鉄道:新規路線整備、開発:住宅の計画的配置の組合せであった。

  4. 道路において、環状路線を先行的に整備する方が、放射路線のそれよりも活動分布パターンは分散的傾向を示し、総トリップ人時は小さい値を示す。

  5. ある活動の計画的配置は他の活動分布のパターンに大きな影響を与え、交通への影響も大きい。

  6. 上記の傾向を始めとして、交通と活動分布に関する各種特性が定量的に把握できることが明らかになった。

 第9章は、以上の研究結果を総括すると共に、残された課題、今後の展望を掲げるが、以上の研究結果を要約すれば次の通りである。
 土地利用と交通施設の動的な相互作用を定式化した「交通・活動分布モデル」は、現在から将来にかけて交通施設整備が土地利用パターンに及ぼす影響を考慮した都市交通計画のための手法として非常に有効かつ多くの可能性をもつことを示した。
 また、適用性の分析結果は、将来の望ましい土地利用パターンが設定された場合、その実現に対して交通施設整備の役割は大きいことを示した。



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